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3. 形 容 詞 文

3.1 形容詞
3.2 ナ形容詞文とイ形容詞文
3.3 形容詞と名詞の区別
3.4 形容詞文のハとガ
3.5 属性形容詞と感情・感覚形容詞
3.6 形容詞文の補語
3.7 否定と疑問
3.8 修飾語

        補説§3

3.1 形容詞  
3.2 ナ形容詞文とイ形容詞文 
3.3 形容詞と名詞の区別   
  3.3.1 ナ形容詞と名詞 
 3.3.2 イ形とナ形と名詞 
3.4 形容詞文のハとガ  
  3.4.1 名詞文との比較  
 3.4.2 現象文のガ  
  3.4.3 「モ」について  
3.5 感情・感覚形容詞  
 3.5.1 属性形容詞との違い 
  3.5.2 主体の制限  
 3.5.3 補語「Nガ」  
  3.5.4 属性形容詞としての用法
3.6 補語  
  3.6.1 Nガ(ハ・ガ文)[主体][対象][部分・側面]
 3.6.2 Nニ [存在場所][対象][基準]
  3.6.3 Nト:相互関係  
  3.6.4 Nカラ 
 3.6.5 副次補語
3.7 否定と疑問      
  3.7.1 否定  
 3.7.2 疑問  
3.8 修飾語  


補説§3
 §3.1 西尾寅弥『形容詞の意味・用法の記述的研究』から「形容詞と格」
 §3.2 益岡・田窪「格助詞」から
 §3.3 『文法の時間』:第三形容詞
 §3.4 村木新次郎の論文から:第三形容詞
 §3.5 「A−まる・める」など



 以下でとりあげるのは、イ形容詞・ナ形容詞・名詞の区別の問題、ハとガ、とりうる補語、感情・感覚形容詞のこと、などです。


3.1 形容詞

形容詞文は、形容詞が述語として使われている文です。
 形容詞は「1.基本述語型の概観」でも述べたように、意味の上からは人や物の属性を表すものと、人の感情・感覚を表すものの二種類に大きく分けられます。感情・感覚形容詞の特徴については、3.5でくわしく述べます。
 また、形の上からはイ形容詞とナ形容詞の二つに分けられることもすでに述べました。これについてはすぐ後でもう一度くわしく述べます。

さらにもう一つ、形容詞はその使い方の上からも二つの面が考えられます。
形容詞が述語として使われたものが「形容詞文」ですが、形容詞は、述語として使われる以外に、名詞を修飾するという大きな役割を持っています。こちらのほうが本来の役割だということも言え、初級教科書ではむしろこちらが先に出されることも多いようです。 この「名詞の前に置かれた時の形」が「−い」と「−な」であるところから「イ形容詞」「ナ形容詞」という呼名が生まれたわけです。



3.2 ナ形容詞文とイ形容詞文

形容詞文の大きな問題は、何と言っても形容詞に二種類あり、その変化のし 方が違うことです。それについての基本的なことを述べます。
形容詞文の基本的な型をもう一度。

ナ形容詞文   Nは Na です 
イ形容詞文   Nは Ai です 

まず、名詞文に似ているナ形容詞文から、例を見てみます。 その否定の形と、過去の形。 このように、文の形にするとナ形容詞文は名詞文と同じような形になります。

次に、イ形容詞文を見てみます。 肯定文(丁寧体)の場合は、イ形容詞文とナ形容詞文はよく似ていますが、 否定文になると違いがはっきりします。 ナ形容詞文の否定の形は、名詞文と同じように「です」が「ではありません」に変化しますが、イ形容詞文の否定は、「です」は変化せず、イ形容詞自体が変化します。 つまり、同じ形のように見える「きれいです」と「高いです」は次のような 違いがあるのです。 イ形容詞の場合は「高い」までが一つの単語で、「です」はそれに丁寧さを 加えるものでしかありません。一方、ナ形容詞では「きれいです」全体が一つ の単語で、「です」は「きれいだ」の「だ」の変化した形なのです。
(形容詞の変化、または「活用」の問題は後でくわしく述べます。→「21 活用・活用形」)
これは過去に関しても同様です。
以上をまとめて並べてみると、次のようになります。

イ形容詞   暑いです 暑かったです 暑くなかったです 
ナ形容詞   元気です 元気でした 元気ではありませんでした 
名詞   高校生です 高校生でした 高校生ではありませんでした 

そこで、形の面からは名詞文とナ形容詞文を一つにまとめる考え方も出てきますが、やはり意味の違い、つまりその文が何を表わしているのかという点での違いを大きく考えて別のものとします。

[−くありません]

イ形容詞の否定の形にはもう一つ別の形があります。「−ないです」の部分を「−ありません」に置き換えた次の形です。 こちらのほうがやや「丁寧」あるいは「あらたまった」感じがします。日本 語教育としてはどちらを先に教えてもいいと思いますが、ここでは「−ないで す」の形にしておきます。そうする教科書があることと、そのほうが丁寧体か ら普通体への移行がやさしいからです。
 もちろん、適当な時期にもう一つの否定の形も教える必要があります。

日本語教師は、自分の使っている教科書がこの二つの形のどちらを使ってい るかを忘れないようにして、その形で学習者に話しかけるようにしないと、学 習者が混乱しますから、注意が必要です。



3.3 形容詞と名詞の区別

3.3.1 ナ形容詞と名詞

次に、名詞とナ形容詞との区別についての問題を考えてみます。
名詞とナ形容詞は、名詞の前に来た時の形が「−な」か「−の」か、で基本 的に分けられます。
ですから、 のように、意味的には形容詞のように感じられることばでも、名詞の前に置い た時に「病気の人、病気の時」のように「−の」になるものは名詞と考えます。
しかし、名詞の前の形がこの「−な」か「−の」かという区別の方法には例 外が多くあるので、これだけを区別の基準とするのはよくありません。 また、「〜的」のついた言葉は、現在では「−な」の形が多くなりましたが、 戦前の本を見ると、「−的の」の形をよく見かけます。
これらをナ形容詞とするか、それとも名詞とするか、名詞修飾の場合の「− な」か「−の」かということだけでは決めかねるところです。
  
名詞のもう一つの、そしてより重要な特徴は、「が・を・に」などが後ろに ついて補語になることですが、これらのことばはこの点で名詞とは言いがたい ものです。
「いろいろが〜」とか「特別を〜」とかの後を続けてふつうの文にするのは難しいでしょう。これらは、ナ形容詞のあるものが「〜の」の形をとり得るという例外的なもの、としておくのがよいでしょう。
また、「本当だ」は「本当のN」となり、「×本当なN」という形はありま せんが、名詞とも言えません(「×本当を話す」などの形がない。
ただし「本当に」は副詞)。これは「−な」でなく「−の」になるナ形容詞、とするか、 補語にならない名詞とするか、難しいところです。例外はどうしてもつきまとうものです。ここでは、一応「−の」になるナ形容詞と考えておきます。

3.3.2 イ形容詞とナ形容詞と名詞

まず、基本的な定義に対する例外から。
イ形容詞は、基本形が「−い」で終り、ナ形容詞は「−だ」で終わるものを 言い、名詞の前ではそれぞれ「Ai−いN」「Na−なN」という形になるわけですが、そのどちらにもなるものがいくつかあります。 これらはどう考えたらよいでしょうか。一つの単語が二つの品詞として存在 し、それぞれの変化形を持っています。 また、後の二つは名詞の前の形が「〜の」にもなりうるのでやっかいです。 名詞を修飾する場合、イ形容詞は「−い」の形、ナ形容詞は「−な」、そし て名詞は前に述べたように「Nの」になりますから、上の「真っ白の・四角の」は名詞と考えられるわけです。
この点では、「真っ白」と「四角」は性質が少しちがいます。「四角を〜」の後にはいろいろな動詞が来られますが、「真っ白を〜」は「真っ白(なの)を真っ黒に塗る」など、用例の範囲が狭いのです。つまり、「四角だ」は名詞述語ですが、「真っ白だ」はナ形容詞に近いようです。
初めの問題に戻って、「暖かい・暖かだ」の対に関して言えば、これらは一 応一つの語が二つの品詞の形をとりえるもの、としておくことにしましょう。
そして、「四角」は三つの品詞の形をとり得るもの、としておくことにしましょう。「真っ白」はどうしましょうか。「真っ白の」の形を例外としておきましょう。
  
もう少し違うものとして、次のような対があります。 一見、これらもイ形容詞とナ形容詞にまたがるものに見えますが、よく考える と、これらの「−な」の形は、基本形「−だ」の形、およびその変化がありま せん。(「×大きだ・おかしだ」)
ですから、これらはナ形容詞ではなく、連体詞とみなされます。イ形容詞と 似た意味を持つ「−な」の形の連体詞というわけです。これらの対の微妙な違いはよくわからないのですが、「−な」のほうが日常的な、慣用的によく使われる言葉になりやすい、ということが言われています。「小さな親切運動」「大きな顔をするな!」などのように。

3.4 形容詞文のハとガ

3.4.1 名詞文との比較

形容詞文の「Nは」と「Nが」の違いは、名詞文と似た面と、違った新しい 面とがあります。名詞文のハとガの説明をもう一度思い出して下さい。
では、まず名詞文と同じような違いを持つ場合から。 例1の「は」と例2の「が」の違いは、名詞文の時に述べた違いとほぼ同じ でしょう。(→ 2.2.1)
例1は、「これ」についてそのねだんを述べています(例えば例4のような質問の答えになります)が、例2は例5のような質問に対して、その答えとして「これ」を選んでいます。
ですから、 と短く答えても正しい答えになります。

名詞文との違いは、「Nが」を後ろに持っていくと、例3のように、形容詞と「は」の間に「の」が必要になることです。つまり、ほんの少し文型が複雑になります。それを避けるため、いくつかの中から答えを選ぶために「どれ」という質問をしたい場合、例6よりも例5を選ぶ、つまり名詞文の場合より「が」を使う必要性が高い、ということが言えます。

名詞文の場合は、「が」をつかわずに「は」で済ませることができました。
「AがBです」の代わりに「BはAです」を使えばよかったからです。しかし形容詞文では、上の例のように「安いのは」の「の」が必要になります。 この「の」は「NのN」の「の」とは働きが違います。「安いケーキ」とい う代わりに「安いの」となっているのだと考えると、この「の」は「名詞の代 用」ということになるからです。
国文法では、この「の」を「準体助詞」と呼ぶことがあります。体言に準ず る助詞、ということでしょう。最近では「形式名詞」とすることが多くなって います。この本でもそうしています。


3.4.2 現象文の「が」

では次に、名詞文の「が」とはちょっと違った例を見てみましょう。 7と9の例は、これまでの「Nが」のような、「いくつかのものの中から選ぶ」という意味合いがありません。何かを見て、そのまま言葉で表現したものです。それに対して、「は」を使うと、8と10のように、そのものの一般的な状態を述べる文になります。形容詞文はものの状態を述べると言われますが、 それは一般的な状態です。7や9のような例は少数派なのです。
7や9のような「が」は、「現在の一時的な状態の描写」の形容詞文の場合の「が」です。また、7や9のような文を「その時の現象をそのまま表現した文」という意味で「現象文」と呼び、この「が」を「現象文のガ」と呼ぶことがあります。現象文は、無題文です。
 形容詞文の多くは主題文ですが、無題文も珍しいものではありません。
  
 なお、一つの文に「は・が」の両方が使われる「ハ・ガ文」は感情・感覚形容詞の後でまたとり上げることにします。

3.4.3 「も」と現象文

に見られるような「Nも」については、名詞文と同じです。
 現象文の「Nが」を受けて「Nも」が使われることもあります。  この「も」の文も現象文でしょうか。「一時的な状態の描写」、ではありますが、それだけでは現象文とは言えません。 の後の文は主題文で、しかも一時的な状態の描写です。
 さきほどの「Nも」の文は、西の空を頭において、「東の空も」と言っています。つまり「その時の現象をそのまま表現した文」とは言えません。他の観念が入っています。ですから、現象文ではなく、主題文と考えます。つまり、この「Nも」も主題を表すと言えます。

3.5 感情・感覚形容詞

3.5.1 属性形容詞との基本的な違い

形容詞を意味の面から分けると、大きく2つに分けられます。
「形容詞」というのは、何かを「形容」する言葉です。「形容」というのは、「かたち」と「ようす」を表すことです。物や人の性質、例えば、「大きい、重い、速い、冷たい、丸い、きれいだ、にぎやかだ、おとなしい」などです。

もの(人)の性質や状態を表わす形容詞を属性形容詞といいます。ふつう形容詞といって頭に思い浮かぶのはこちらが多いでしょう。これまでの形容詞文の例文は、すべて属性を表わすものでした。

人の感情を表す形容詞もあります。「悲しい、うれしい、苦しい、いやだ、好きだ」など。それに、感覚の形容詞。「痛い、かゆい、まぶしい、眠い」など。これらもそのような感情や感覚の持ち主を「形容」しているわけです。
感情・感覚形容詞は、その表す意味の違い以外にも、属性形容詞との大きな違いがあります。一つは、主体の人称制限です。もう一つは、対象の「Nが」という補語をとり、「NはNが〜」の形をとることです。

3.5.2 主体の制限

感情・感覚形容詞は、平叙文では、表せるのは話し手の感情や感覚に限られています。疑問文では聞き手の感情・感覚を問うことができます。 その他の人、いわゆる第三人称については、文末に何らかの表現をつけ加え て、話し手の推量・伝聞によるものであるか、話し手の「説明」であることを示すなどのことをしなければなりません。 この「−らしい・そうだ・だろう」は動詞など広く述語につく形式です。話し手が「彼」の気持ちを推量していることを示します。(→「38.推量」)

 次の「−のです」は「説明」と言われるものです。(→「40.4 状況説明」)
「−がる」は、この感情形容詞や「V−たい」(希望を表す)などの、人の 気持ちを表す表現に接続して、それが外に現れていることを示す接辞で、逆に言えば、この「−がる」がつくことが感情形容詞であることの証拠の一つになります。(→ 27.6.4)ただし、例外はあります。

この「主体の制限」がなくなる場合があります。
まず、小説などでは、作者が登場人物の内面に入り込むことができるので、 三人称でもこれらの形容詞を使うことができます。 また、連体修飾の場合は、文末と違ってこの制限が消えます。

3.5.3 感情・感覚の対象の「Nが」

 感情・感覚形容詞は、対象として「Nが」をとるという点でも、他の形容詞と大きく違います。
この「が」は、今まで「ハとガ」の違いとして話題にとりあげてきた「が」とは少し違います。
感情は部分がない
感覚は対象の例が少ない この「Nが」は大きく二種類に分けられます。

  ヾ蕎陝Υ恭个梁仂櫃鮗┐垢發痢  感覚を感じる体の部分 ただし、この「Nが」が使われないこともよくあります。 次の例では「Nが」があります。 主体は、平叙文では話し手、疑問文では聞き手に決まっているので省略されることが多いです。(→ 3.5.4) 
 属性形容詞の例では、一つの文に「Nは」か「Nが」のどちらか一つしか現れなかったのですが、この場合は一つの文に両方あります。感情・感覚の持ち主、硬いことばで言えば、「主体」となる「Nは」があり、そして「Nが」はその感情の対象となるものか、あるいは感覚の部位を示しています。
 このように「は」と「が」が一つの文に出てくることについては「ハ・ガ文」の問題として、後で(→ 3.6.1)もう一度とり上げます。

3.5.4 属性形容詞としての用法

 感情・感覚の対象が、一般的にその性質を持つものと見なされると、属性形容詞としての用法になります。  

3.6 形容詞文の補語

形容詞文の基本の型は、 ですが、そのほかにもいくつか補語をとります。

形容詞文の補語は、名詞文よりは種類が多いのですが、動詞文ほど多くはあ りません。必須補語は「Nに」「Nと」「Nから」そして「Nが」です。
これらのどれをとるかによって、形容詞を文法的側面から整理分類することができます。ある形容詞がいくつかの分類に入るということも、もちろんあります。


3.6.1 「Nが」:ハ・ガ文

形容詞文で「Nが」は「主体」「対象」「部分・側面」を表します。「対象」「部分・側面」の場合は、「主体」の「Nは」があるので「NはNが」の形、 つまり、名詞文の所でもとりあげた「ハ・ガ文」の形になります。

[主体]

形容詞文の性質や感情の持ち主、主体は「Nが」で表されます。つまり、すべての形容詞が「Nが」をとるのですが、「ハとガ」のところで見たように、主題文になるので、ふつうは「Nは」になります。
 「疑問語+ガ」や、現象文の場合には「が」が使われます。  複文の一部になった場合、主題文ではないので「が」が現れます。

[対象]

「対象」が「Nが」で表され、「ハ・ガ文」になります。これは感情・感覚形容詞のところでも述べましたが、そのほかに次のような能力・巧拙に関するものがあります。 「その対象に関して〜」という意味関係です。


[部分・側面]

もう一つ、名詞の「ハ・ガ文」に近いもので、「Nは」の部分または側面を 表す「Nが」があります。多くの形容詞がこの「Nが」をとることができます。
これは日常よく使われる文であり、また文法研究の中で長く問題になってきた文型です。  以上の例では「Nが」がないと、文が成り立たないか、意味が違ってしまいます。この「Nが」を「部分」とします。

それに対して、次の例では「Nが」がなくても同じです。  「丸い」とは「形が丸い」ことですし、「赤い」とは「色が赤い」ことです。このように形容詞が表しているものの側面を「Nが」で表すことがけっこう多くの形容詞でできます。これらの「Nが」を「側面」と呼んでおきます。
 「部分」と「側面」は、述語との関係という点では「主体」と同じです。言い換えれば、「対象」などのような主体と対立する補語でもなく、「基準」のような主体と別の補語でもありません。

以上の例で、「AはBが〜」のAとBの関係は「AのB」になっています。
 次の例は「部分」とも「側面」ともまたちょっと違うようです。  2では「あした」はたんに時を表すだけですが、1では「いつが暇か」の答えとして、「あしたが」が焦点になっています。これは、 のような複文構造を考え、そこから1の形を導くという可能性がありますが、ここではこれ以上議論しません。



3.6.2 「Nに」

「Nが」以外でいちばん多いのは「Nに」です。表す意味の面からいくつかに分けられます。

[存在の場所]

これは、動詞文の中の「存在文」に近いものです。所属する形容詞は非常に限られています。(→「4.3.7 存在文」)
 形容詞文は基本的には主題文ですから、上のような「は」の使われない形は、そのままでは安定しません。 主体の「火山」、場所の「日本」のどちらかが主題になると安定します。  「Nには」の「に」は省略可能で、「NはNが」の形になります。 形容詞の「ない」は動詞「ある」の否定の形を補う役割があります。  「に」は省略可能で、「NはNが」の形になり、 という文型の否定に当たります。この「Nに」は抽象的な存在の場所と考えておくことにします。


[対象](に対して)

 この用法は種類が多く、学習者にとって難しいところです。 「に対して・に関して」などの意味になります。  これは主体が話し手に限られます。

[基準] 

 これも、何についての基準かによっていくつかに分けられます。
・比較の基準  「Nと」で置き換えることができますが、「Nと」とは違って比較の仕方が相互的ではありません。(すぐ後の「Nと」を見てください)  「Nに」の名詞が基準になっていて、「Nは」の名詞がどうであるかを述べています。 ・主観的評価の基準(にとって)  「Nには」となりやすいのが特徴です。最後の例の「そでが」は「部分」です。「不適合」のほうはかなり多くの形容詞があてはまりそうです。 「君はこの仕事に」「この仕事は君に」のどちらも可能です。「Nには」としなくても安定します。 ・距離・位置の基準(に対して)  後の「Nから」も見てください。


3.6.3 「Nと」:相互関係 

二者の関係を表す形容詞の必須補語です。「Nと」をとる形容詞の数は少ないです。「Nと」は相互的なもので、「AはBと〜」ならば必ず「BはAと〜」と言えます。また、「AとBは〜」とも言えます。このどれを使うかは、話の流れの中で何が主題になっているかによります。  この文の前で、xの話をしていれば、「xは」。yなら「yは」。両者を同等に扱っていれば「xとyは」となります。 なお、「同じだ」は名詞修飾の形が「−な」にならない例外的なナ形容詞とします。

3.6.4 「Nから」

距離の表現の基準点を示します。 「に近い」と「から近い」はどう違うのでしょうか。 は自然ですが、 というと少し変です。「に近い」は基準となる(大きな・重要な)Nに他のNが従属的な感じですが、「から近い」は単に距離の基準を示すだけです。  「から」は「遠い」にも使えます。「に」は「遠い」とは使えません。  「Nから」を省略して、 のように言うと、「ここから」の省略と解釈されます。

3.6.5 副次補語

形容詞文で多く見られる副次補語は「Nで」です。場所を表すものと、範囲を表すものがあります。 「NからNまで」の形で場所と時の範囲を表す表現が使われます。    時を表す表現はもちろん形容詞文でも使われますが、動詞文でよく見られる「2時に〜した」のような時刻を表す表現はありません。状態を表す述語に合った、時の長さを表す表現でなければなりません。  「明日」のような「に」を使わないものはいいのですが、「3日に」は使えません。「3日は」としなければなりません。  原因を表す「Nで」を使える形容詞は少ないです。  なお、形容詞文でよく使われる「Nより」は「17.比較構文」の要素として取り扱います。 以上、形容詞文の補語を、不十分ですが一通り見てみました。



3.7 形容詞文の否定と疑問

3.7.1 否定

 形容詞文の否定の基本は、前に見たとおり、 ですが、微妙な意味を表すための二つの方法について付け加えておきます。副詞と部分否定の問題です。

 まず、否定文と共に使われる副詞があります。  「ぜんぜん」などは全部否定です。特に問題はありません。
 「あまり」も「そんなに」も、程度が低いことを表しますが、「そんなに」は、誰かの考えまたは予想に反して、という意味合いがあります。  「あまり」は単にその程度が大きくないこと(ここでは「安くない」こと)を言うので、上の文は不自然です。

 形容詞は、名詞や動詞と違って、反対概念が対になっているものが多くあります。長い・短い、重い・軽い、暑い・寒い、高い・安い、など。
 そのため、否定が反対概念を示すことがあります。例えば、  もちろん、「高くない」が必ずしも「安い」を意味せず、「まあまあの値段」であることもごく普通のことです。
 この、反対概念を示さないことをはっきり表す、次のような言い方があります。  イ形容詞の場合は、 となります。
 ナ形容詞の場合は、     のようにもともと「は」が入っています。
 「安くない+高くない」ということを言いたい時は、 のように「も」を使うこともできます。(「が」や「し」については、 「47.逆接」「46. 並列」をみてください)
 ナ形容詞では、 という「でもありません」の形になります。
これらの「は」「も」の用法については「28.3 形式動詞」でもとりあげます。


3.7.2 疑問文・疑問語

 基本的な疑問文は、名詞文と同じように文末に「か」を付けるだけですから、特に問題はありません。しかし、疑問語を使う場合は注意すべき点があります。
名詞文に対応する疑問語は、例えば、 などのようになり、特に問題はありませんが、形容詞文の場合は適当な疑問語がありません。 に対する疑問語は何でしょうか。 とすると、大きさだけを聞いているとは言えません。色・形・長さ・厚さなどのどれについても「どう」が使えますし、その場合も、それぞれの性質の度合いを聞いているというよりは、例えば、「大きいけれども持ち運びに不便ではないか」のような、その人(目的)にとって「良いものかどうか」を聞いている場合が多いようです。

連体修飾の場合は、 のように「どんな」が使われます。 の答えは「やさしい」「背が高い」など、まさにその人を「形容」することばが出てきます。 とすると、やはりあることをさせるのに適当かどうか、人選をしているような感じがします。



3.8 形容詞の修飾語

 形容詞の修飾語は副詞です。程度を表す副詞が使われます。
最後の行は否定とともに使われるものです。これらの副詞は「11. 副詞」でその他の副詞とともにとりあげます。
  
 疑問語は「どのくらい」が使われます。それに対する答えとして、上の副詞を使うだけなら簡単ですが、他のものと比べてより正確に表現しようとすると、「比較」の文型が必要になります。(→「17. 比較表現」)


補説§3

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[参考文献]
西尾寅弥『形容詞の意味・用法の記述的研究』国立国語研究所 秀英出版1972

吉見孝夫1993「消えた形容詞・生まれた形容詞」 『言語』1993.2大修館
草薙裕1977「日本語形容表現の意味−情報提供という観点からの考察−」
小矢野哲夫1985「形容詞のとる格」『日本語学』5月号明治書院 小矢野哲夫「「に格」をとる形容詞文について」
仁田義雄 「日本語の形容詞文をめぐって」
橋本三奈子・青山文啓1992「形容詞の三つの用法:終止、連体、連用」『計量国語学』18巻5号
樋口文彦1996「形容詞の分類−状態形容詞と質形容詞−」『ことばの科学7』むぎ書房
まつもとひろたけ 「に格の名詞と形容詞とのくみあわせ−連語の記述とその周辺−」
宮島達夫 「形容詞の名詞かざり」
村木新次郎2001「語彙と文法の境界」『国文学 解釈と教材の研究』2月号学燈社
村木新次郎「「がらあき−」「ひとかど−」は名詞か、形容詞か」『国語学研究』東北大学
森田良行 「日本語の形容詞について」
八亀裕美 2001「現代日本語の形容詞述語文」『阪大日本語研究 別冊1』大阪大学
野村真木夫「現代日本語感覚文の研究−基本構造と表現性の拡大−」
三枝令子 「動詞・形容詞の名詞的ふるまい」
益岡・田窪1987『セルフ・マスターシリーズ3 格助詞』くろしお出版