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補説§21

§21.1 学校文法の活用表の問題点 §21.2 寺村秀夫の活用表 §21.3 「〜ナイデス」の形について  §21.4 ある中国の文法書の活用形名

§21.1 学校文法の活用表の問題点

 学校文法の活用表を本文の「21.1 活用の型」で紹介しました。その問題点に ついては、ごくかんたんにふれただけでした。  ここで、問題点を指摘した部分を、寺村秀夫の『日本語の文法(上)』から引 用します。(寺村が例として使っている活用表は、私が例にしたものとは少し違 う部分がありますが、だいたいの問題点はわかると思います。) ...................  このような表自体が、考えてみると多くの不合理な点を含んでいて、日本人の 中学・高校生でも、理屈っぽい者はいろいろ納得のいかない思いをすることが想 像される。(指導書などにはそのことを編者自身が認めていることを暗示するよ うな説明がまま見られる。)いわゆる学校文法を批判するのは本書の目的ではな いからあまり深入りすることは避けるが、しかし、後で検討する'新しい’活用 表も鵜呑みにするようでは困るので、さしあたり、次のような基本的な問題だけ は一応考えておきたい。   〔問43〕     (1) 表1のような活用表の、縦横の軸はどういう原理で立てたものか。     (2) 「四段(五段)」「上一段」「下一段」の分類は何によるか。     (3) 「四段(または五段)」というのはどういうわけか。     (4) 「上一段」「下一段」は、辞書で、各動詞について示す必要がある       か、どちらにせよその根拠を。     (5) 「語例」は辞書に載せる形のことであろうが、その中の「吹-く」       「降りる」などのハイフンはどういう意味か。その左側の部分が活       用しない、いわゆる「語幹」部分を示しているのなら、一段の場合、       りろりれが活用部分に入れてあるのはおかしくないか。     (6) 「未然形」の定義は?      (7) 「仮定形」とは? その定義と、たとえば「終止形」「命令形」の定       義と、原理的に一貫しているか。     (8) 「連体形」「終止形」は、この表を見るかぎり同じだが、何か別の       活用形とすべき理由があるのだろうか。     (9) 「ワア行」とはどういう意味か。     (10) 「カ行四段(五段)」の中に「い」、「マ行四段(五段)」の中に「ん」       「ワア行」の中に「っ」などが入っているのは定義と矛盾しないか。                            (同書p.63) ................. 上の(5)の中の「りろりれ」の部分は、何か誤植があるように思いますが、どう考え ればいいのかわかりません。     次に、寺村の『シンタクスと意味供戮ら、もう少しくわしい批判の部分を引用 します。 ................. 寺村『供戮ら学校文法活用表批判  この活用表に対しては、すでに多くの学者、教師によって批判が出されている ので、以下では簡単に問題点をあげるにとどめたい。  (i) 第一は、活用形の認定、定義、命名が無原則で一貫性がないということで あろう。  「同じ動詞が、文中での使い方によって」あるいは「次へのつながりかたによ って規則的に形をかえること」というけれども、では、(a)かわる形の一つ一つを 一つの活用形とし、その「使い方」(少なくともその代表的な使い方)に着目して その活用形を「何々形」と名づけるのか、(b)同じ形でも使い方が違えば違う活用 形と見るのか、あるいは逆に、(c)形は違っていても「使い方」が同じと認められ れば同じ活用形とするのか。  「書ク」を「終止形」、「書ケ」を「命令形」とするのは、(a)の原則によるも ので、これは誰にでも分かりやすい。  しかし、「書ケ」が、「バ」に続く場合は「仮定形」、そこで言い切って命令 の意味を表す場合は「命令形」とする、というのは、上の仕分けでは(b)の原則に よっていることになる。「書ク」がそこで言い切って断定の意味になるときは 「終止形」、「書ク人」のように名詞につづくときは「連体形」というのも、同 じ考えのようである。しかし、「「名詞」につづく」というのと、「「バ」につ づく」というのとでは、その特徴のとらえ方にレベルの混同がある。名詞は一つ の品詞であるが、「バ」は、学校文法の分類では接続助詞、つまり、助詞という 品詞の下位類に属する一つの形式である。(以下略)                             (同書p.28-29)  () 無原則ということと同様に重大な欠点は、多くの説明に事実に合わない 点があることである。  たとえば、(a)「語幹」は「形の変わらない部分」であると定義しながら、実際 に「語幹」として示されている形はそうではない。いわゆる五段活用の場合もそ うだが、いわゆる一段活用の場合は定義と合わないことがよりはっきりしている。 「見ル」「起キル」などでは、誰が見ても「形の変わらない部分」は、それぞれ 「見」「起キ」であろう。しかし、「起キル」では「オ」が語幹とされ、「見ル」 は「語幹のない動詞」あるいは「語幹と語尾の区別のつかない動詞」とされる。 それは、「五段活用動詞」の場合、「ナイ」に続く形を「未然形」としたので、 「それに合わせて」その前の音節を「未然形」とすればこうなる、という「説明」 である。  いわゆる五段動詞の場合も、少し注意深い生徒なら、変わらない部分は「kak-」 であって「ka-」でないことに気づくだろう。(以下略)                             (同書p.30)  () 学校文法の活用表は、上述のように原則の不統一や事実に合わない説明 が致命的な欠陥であると思われるが、そのほかに、やはり文語文法の枠に固執す るところからくる余分な、現代語の活用の記述にとっては意味がなく不必要と思 われる点もいくつかある。  その一つは「上一段」「下一段」の区別である。(以下略)                             (同書p.31)  以上のように見てくると、現在日本の中等教育で教えられている現代口語の活用 表が、いかに矛盾に満ちた牽強付会のものであるかを改めて思わずにはおられない。 その矛盾、不合理は、要するに、過去の日本語の事実を説明すべく編み出された文 法、活用記述の枠組みに、その日本語が変化したのちにも執着し、学習者に押しつ けようとしたことから来ている。                             (同書p.31-32) ..................  はじめに「簡単に問題点をあげるにとどめたい」と言っているわりには、細か く述べています。

§21.2 寺村秀夫の活用表 

 それでは、寺村自身の活用表はどういうものかというと、次のようなものです。 (注:ローマ字の長音は同じ字の連続に変更。表の枠も省略) 寺村の活用表(『日本語のシンタクスと意味供p.44)  動詞、形容詞の活用表   動詞 砧燹複岫気販記)語幹が子音で終わるもの      粁燹複岫兇販記)語幹が母音で終わるもの      稽燹複岫靴販記)クルとスルおよびスルの変種   形容詞(Aと略記):samu-, ooki- など。  ムード      基 本 語 尾        タ 系 語 尾            -u   -ta〜-da         V -ru   <基本形>   V -ta   <過去形>   確 言      suru    sita        kuru kita             A -i A -katta           -oo   -taroo〜-daroo         V -yoo <推量意向形>  V -taroo    <過去推量形>   概 言      siyoo    sitaroo        koyoo kitaroo         A -karoo A -kattaroo           -e         V -ro   <命令形>     命 令      siro        koi         A −−−           -eba   -tara〜-dara         V -reba   <レバ形>   V -tara   <タラ形>   条 件      sureba    sitara        kureba kitara         A -kereba A -kattara           -i   -te〜-de         V -φ   <連用形>   V -te   <テ形>   保 留      si    site        ki kite         A -ku A -kute   -tari〜-dari        V -tari   <タリ形>       sitari        kitari                  A -kattari <注> (一般的な説明は略) 砧爐瞭飴譴慮豐緩子音は、(-t- の場合を除き)タ系語尾(タ、タロウ、タラ、 テ、タリ)がつくとき、次のような音韻的変化を起こす。   (中略)  結果的には同じ記述になるが、このことを、砧爐瞭飴譴妨豐瓦二通りあるというふ うに説明する仕方もある。たとえば、三上(1955)は「単純語幹」「完了語幹」を立て、 鈴木(1972)は、「基本語幹」(kak-)と「音便語幹」(kai-)を立てた。私もかつてはそれ にならっていたが、今回上のように、語幹は一つで、その活用語尾の音性によって語幹 末子音が変化するというふうに改める。その理由は、その変化が規則的・予見可能で、 一々の語について二つの語幹を記す手間が不要であること、その変化が、後にも記すよ うに、(全体的には)語尾の音性によって惹き起こされるので、その逆ではないというと ころにある。                             (同書p.46)  

§21.3 「〜ナイデス」の形について 

「〜ないです」という否定の形が実際には使われているのですが、一般に日本語教育ではまだ 扱われていないようです。「概説」の本文でも一切触れていません。 将来の記述のためのメモをここに載せておきます。         「〜ないです」という形に関するメモ A イ形容詞  否定に    大きくないです    大きくありません  の2つの形がある。  日本語教育では両方を扱う。後者のほうが敬意が高いと感じられる。  前者は、戦後の「これからの敬語」で認められた形。  B 名詞文・ナ形容詞文  教科書の否定の形は    〜では(じゃ)ありません  話しことばでは    〜じゃないです  も使われるが、正式な形として認められていない。  日本語教育では前者のみを教える。 C 動詞文  教科書の否定の形は    しません  だが、実際の話しことばでは    しないです  の形も使われる。 D 問題の整理  1 「正しい形」か    そもそもイ形容詞の場合も、以前は不安定だった。現在でもおちつかなさを感じる人がいる。   その意味では、「過渡的な状況」なのかもしれない。   動詞も実際に多く使われており、話しことばの形として否定することはできない。   2 日本語教育で教えるべきか。   話しことばの形として教えていいだろうが、「標準的」な形とはまだ言えない。   「〜ません」の形を教えた後で教えることになる。  3 使い分け(意味の違い)があるか   a 状態動詞に使われやすい、という説   b 意志よりも事実に使われる、という説(「私は絶対しないです/あまりないですね」)   c 丁寧さが低い  4 過去形について   過去形になると、頻度が下がる。しかし、使われている。 用例と考察:「日本語オンライン」の議論から 「足元にも及ばないかもしれないですけれど」 「最高値が30度までしか書かれていないですね」 「見た目には水とかわらないです」 「ハチなどがいないですからね」 「全然追いつけないですね」 「何度みても、あきないです」 「“理屈”や“能書き”なんていらないですよね」 「使えないですか?」 「この分野は発展しないですよね」 「それでも出来ないです」 「使えないですか?」 「切り口が、未だにしっかりとくっつかないです」 「当分大改装はしないです・・疲れたから」 「私、でもやってないです」 可能形や「〜テいる」に つくもの、「かもしれないです」「かわらないです」「いないです」、 などなど、状態性の表現につくことが おおい

§21.4 ある中国の文法書の活用形名

 ある文法解説書の活用形名が興味深かったので、紹介します。 『中日交流標準日本語 語法詳解 初級』大連出版社(2006) これは、『中日交流標準日本語 初級』という教科書に準拠している文法書です。 この本と、教科書本体との関係はわかりませんが、おそらく、中国の日本語の先生たち にとって便利な本なのだろうと思います。 その本の、動詞の活用形の呼び方を抜き書きしてみました。それぞれ、そのページで表 の形で示されています。動詞例は「書く」だけにしました。 動詞の活用形の呼び方 p.24  基本形       書く    連用形(ます形)  書き (「ます」は助動詞) p.95  連用形(て形)   書い (「て」は接続助詞) p.150  基本形       書く  連体形       手紙を書く人  終止形       私は手紙を書く p.158  「た」形      書いた  「て」形      書いて p.223  命令形       書け p.230  意志形       書こう p.291  仮定形(ば形)   書け (「ば」は接続助詞) 「学校文法」と日本語教育の用語との折衷案です。それも、あまり上手でない、、、。 辞書形を「基本形」と呼ぶのは、私の「概説」と同じで、まあいいかな、と思います。 「連用形」を「ます形」と「て形」の二つに分けます。ただし、「て形」は「て」を含 みません。ここは学校文法の形を呼び変えただけです。 驚いたのは、「基本形」を用法によって「連体形」と「終止形」と呼び分けることです。 つまりは、「基本形」の「連体用法」と「終止用法」にそれぞれ活用形名を与えるとい うことです。混乱しないのでしょうか。 それから、「た形」という日本語教育の用語を取り入れます。それはいいとして、その ついでに、「て形」という用語を再び持ち出し、ここでは「て」を含んだ形で提示します。 つまり、先ほどの「連用形(て形)」と矛盾、衝突が起こります。いったい著者は何を 考えているのか。 「意志形」は「う」を含みます。ここは学校文法から離れます。 「仮定形」に「ば形」という別の呼び方が補足してありますが、形そのものは「ば」を 含みません。つまり、学校文法の形です。 ということで、まさに折衷的です。 なお、形容詞の活用形は「未然・連用・終止・連体・仮定」です。(p.49) 「た形」「て形」が特別な形(音便形)でないので、特に立てる必要がないということ でしょう。たぶん。 もともとの『中日交流標準日本語 初級』という教科書の文法用語はどうなっているの でしょうか。そのうちに、どこかで確かめてみたいと思っています。
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